最新技術を活用する農業DXは、農業分野が抱えている担い手不足や気候変動の影響、耕作放棄地、倒産などの課題解決として有効な手段です。
本記事では、ドローンによるコストの最適化や、AIを活用したリスク管理などの農業DXにより見えてくる農業の未来予想を解説するとともに、農機の自動運転や自動収穫ロボット、収集したデータを活用した農業DXの具体例を紹介します。
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農業の現状について
自然の恩恵を活かし、食料の生産などを行う一次産業である農業には、近年さまざまな課題が突きつけられています。ここでは、日本の食を支える農業の現状について解説します。
担い手の減少
農業従事者は年々減少しており、担い手不足が深刻な問題となっています。農林水産省が公表した「令和4年度 食料・農業・農村白書」では、基幹農業従事者が減少傾向にあるという統計が示されています。同資料によると、2010年には約205万4,000人だった基幹農業従事者が、2020年には約136万3,000人、2022年には約122万6,000人まで減少しているとのことです。
その一方、49歳以下の新規就農者は2017年時点で約2万人、2019年から2021年にかけては約1万8,000人と、ほぼ横ばいの状態が続いています。同資料には、農業大学校を2021年に卒業した1,737人のうち、就農した割合は全体の54.2%という結果も出ています。
農業従事者が減少している要因としては、担い手の高齢化や人口減少による労働人口の減少、過酷な労働環境からくる離職者の増加、後継者不足などが挙げられます。このような要因で担い手が減少する一方、思うように新規就農者が増えていないというのが現状です。
耕作放棄地の増加
耕作放棄地とは、かつて田や畑として利用されていたものの現在は利用されておらず、今後も利用予定のない土地のことをいいます。そのほとんどは放置され、雑草が生い茂っている状態です。
近年、高齢化による離農や経営規模の縮小などが原因で、この耕作放棄地が増加しており、農業における新たな課題となっています。農林水産省の調べでは、2015年時点で全国の耕作放棄地の総面積は約42万ヘクタールにのぼり、10年前である2005年と比較すると約4万ヘクタールも増加しています。
耕作放棄地の増加は景観を損ねるだけでなく、害虫の発生により周囲の農地に悪影響を及ぼしたり、害獣の餌場になり獣害の増加を招いたりすることもあります。また、ゴミの不法投棄なども問題となり、災害時に危険な状態にもなりかねません。
気候変動による悪影響
気温の上昇や豪雨災害など、気候変動を要因とした現象は、農業にも大きな影響を与えています。農林水産省がまとめた「農業分野における気候変動・地球温暖化対策について」によると、今後も温暖化にともなう極端な気象現象が頻繁に起こるとのICPP(気候変動に関する政府間パネル)の予測が示されており、ますます農業への影響は拡大すると見られています。
高温や豪雨などの気象現象が農作物に与える主な影響としては、水稲における白未熟粒の多発や、果樹における果実の着色不良、日焼けの発生などが挙げられます。また、病害虫・疾病の発生、土砂災害や洪水、浸水による生産基盤への影響も深刻です。
一方、日本の農業分野における温室効果ガスの排出量は、日本全体の排出量約12.12億トンのうち、3.9%の約4,747万トンにものぼります。環境負担軽減のためには、農業分野における温室効果ガスの削減にも目を向ける必要があり、早急に取り組むべき課題です。
参照元:農林水産省 農業分野における気候変動・地球温暖化対策について
相次ぐ農業分野の企業倒産
農業分野における企業の倒産も深刻化しています。株式会社東京商工リサーチの調査によると、2022年の農業分野における企業倒産は75件であり、2003年以来、2番目に高い水準であることがわかりました。
参照元:東京商工リサーチ 飼料・燃料高に伝染病リスクも 「農業」の倒産が急増、前年比1.8倍増の75件 ~ 2022年(1-12月)「農業の倒産動向」調査 ~
また、株式会社日本政策金融公庫の調査を見ると、2022年の農業景況DIは前年比9.5ポイント低下したマイナス39.1ポイントとなりました。これは1996年の調査開始以来、最低値を記録しており、過去最大ともいわれる不況に見舞われている状況であることがわかります。
これらの要因としては、肥料・飼料・燃油などの国際価格高騰によるコストの増加や、新型コロナウイルス感染拡大にともなう外食の需要減少、家畜の伝染病の発生などが挙げられます。また、農業における経営体のほとんどが家族経営であり、さまざまな要因による売上減少に持ちこたえられる力がないことも、倒産が多発する原因のひとつと考えられます。
農業の技術発展にともなう未来予想
これまで解説してきた現状における課題を踏まえ、農業分野の技術発展により、どのような未来予想ができるのでしょうか。以下では、技術発展によって実現しうる未来予想をまとめました。
一人当たりの耕作面積の増加
農業の担い手が減少している中、食料自給率を向上するためには、農業従事者一人当たりの耕作面積を拡大していくことが求められます。技術発展により効率的な農業を実現することで、一人当たりの耕作面積を拡大することが可能です。
農業の効率化には、農業DXが欠かせません。ビッグデータやIoT、AI、ロボットなどの最新技術を活用することで、作業の効率化や省力化が実現でき、一人当たりの耕作面積の増加が期待できます。
気候変動に対する影響を抑えた農業への進化
気候変動などの環境問題への対策として、温室効果ガスの削減は不可欠な取り組みです。そのため、農業のCO2削減に向けて、さまざまな施策が行われています。
たとえば、生物から生成される「バイオマス」を燃焼することで発電するバイオマス発電や、農地に太陽光発電設備を設置し、太陽エネルギーを農業生産と発電でシェアする営農型太陽光発電などが挙げられます。特に営農型太陽光発電は、脱炭素に加え農業経営の活性化も期待できることから、普及が予想されています。
また、省エネルギー設備の導入および再生可能エネルギーの利用によって実現したCO2削減量などを国が認証する「J-クレジット制度」の普及も期待できます。
肥料コストの最適化
肥料の高騰によるコスト増大は、経営を圧迫するほどの深刻な問題です。最新技術を活用し、施肥を効率化することで、肥料コストの最適化が実現できます。
施肥の効率化には、ドローンの活用が欠かせません。ドローンを効果的に活用するためには、データの活用や土壌分析による精密な施肥設計を行います。圃場センシングなどの最新技術を用いることで、実現できる取り組みです。
AIによる災害や害虫などのリスク管理
災害などのリスクは、農業経営に大きな悪影響を及ぼします。このようなリスクへの対応には、最新技術を活用した適切なリスク管理が大切です。
農業用ドローンや人工衛星を利用して取得した、センシングデータおよび気象データをAIが解析することで、農作物の生育や害虫の発生、災害などのリスクを予測できます。農業の効率化・高度化が実現し、気象現象による災害や害虫などのリスクを軽減することが可能です。
課題を解決するための農業DXの具体例
農業分野のあらゆる課題を解決するため、農業DXとしてさまざまな取り組みが行われています。ここでは、現在行われている農業DXの具体的な取り組みについて解説します。
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自動収穫ロボットの普及
自動収穫ロボットは、その名の通り自動で農作物を収穫するロボットです。施設栽培における基本的な収穫の流れは、栽培棚の間を移動しながら作物が出荷できる状態であるか見極め、収穫するという手順ですが、その一連の作業を自動収穫ロボットが担います。
自動収穫ロボットには、収穫棚の間をスムーズに移動する自立走行と、収穫に適した状態であるか判断する画像認識、収穫のための摘み取り動作という技術が必要です。
具体例を挙げると、多関節アームを用いて最適な角度からピーマンの実を傷つけずに収穫し、さらにAIを活用した枝切り防止機能を備えている吊り下げ式の自動収穫ロボットが開発されています。このロボットを実用化するために、移動効率を考慮したハウスを設計するなど、ロボットのために最適化しているところもポイントです。人手がかかる収穫作業をロボットで効率化することで、労働力不足などの課題解決が期待できます。
農業機械の自動運転
農業機械の自動運転は、人が乗らずに農機を自動で運転できる技術です。広い農地を有するアメリカやヨーロッパではすでに普及が進んでおり、世界規模でさまざまなタイプの自動運転ができる農機の開発が進んでいます。
自動運転の農機を活用するには、まず人が運転し、農機に農場の範囲を把握させます。高度なGPSが搭載されているため、外周を把握するだけで自動運転の範囲を認識することが可能です。これによりルートを設計し、自動で辿れるようになります。また、センサーも搭載されているため、人や何らかの障害物を認識したら自動で停止することも可能です。さらにリモコン操作もできます。
農機の自動運転が実現することで、生産性の向上や省力化が見込めます。加えて、自動運転により効率のよい動きや耕うんのタイミングなど、さまざまデータが蓄積されるのもメリットです。こうして蓄積されたデータをAIや機械学習などと組み合わせることで、技術継承にも役立てられます。技術習得のための訓練が不要となり、効率的な農業が実現します。
データの活用
データ活用は、農業DXにおいて欠かせない取り組みのひとつです。ドローンやセンサーなどを用いて収集したデータを分析・活用することで、農業従事者の負担軽減や生産性の向上、省力化、コスト削減が実現できます。
たとえば、ドローンや衛星などによるデータを活用した、ピンポイントの農薬散布や可変施肥、光合成データを活用した栽培管理などがあります。特に、光合成データによる栽培管理では、取得したデータに基づいて栽培環境を最適化し、液肥やCO2の余計な使用を抑制することが可能です。また、無駄のない暖房によって、化石燃料の消費も抑制でき、環境負荷の低減が実現できます。
農林水産省が2021年にまとめた資料によれば、このようなデータを活用した農業を行っている経営体は、全国の経営体の中でも17%程度とのです。年齢別に見ると、40歳未満の農業従事者の過半数を占めており、若い世代ほどデータを活用した農業を実践していることがわかります。
参照元:農林水産省 データを活用した農業経営の分析について 追加資料
農作物の生育状況を見える化
人工衛星のデータを活用し、農作物における生育状況を可視化することも、注目されている農業DXの取り組みのひとつです。ここでは実例として、2017年に提供が開始されたクラウド型営農支援サービス「天晴れ」を紹介します。
このサービスは、人工衛星が撮影した圃場の画像を解析することで、農作物の生育状況を診断し、可視化して通知することが可能です。専用のWebページでサービスを利用でき、さまざまな農機やICTサービスとも連携できます。
生育状況が可視化されることで、診断レポートに基づき状況に応じた施肥や収穫が可能となり、効率的な作業計画の立案も行えるようになります。収穫時期や施肥、作業人員の最適化が実現し、品質の向上や労働力不足の課題解消にも効果的です。
ドローンの活用
ドローンの活用も、農業DX に欠かせない取り組みです。農業用ドローンは、農薬散布や肥料散布、圃場のデータ収集、害虫の探索、農地の見回りなど、さまざまな活用方法があります。
特に普及が進んでいるのは、農薬散布ドローンです。人力による農薬散布では、誤って農薬を吸入するリスクや、炎天下で重いタンクを背負って作業する負担などが生じます。その作業をドローンが担うことで、作業者の負担軽減や効率化に大きな効果が見込めます。
具体的には、カメラを搭載したドローンを飛ばし、空撮を行います。その画像をAIが解析して虫食い痕を検出し、害虫が発生しているエリアだけにポイントを絞り、農薬を散布することが可能です。病害虫の早期発見にも寄与し、効率的な農薬散布が実現できます。
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まとめ
近年における日本の農業は、担い手の減少や耕作放棄地の増加、気候変動による影響、企業の倒産など、さまざまな課題が山積しています。その一方で、農業分野の技術革新が進んでおり、ドローンやAI、ロボットなどの活用によって、作業効率の向上や省力化、コスト削減などが実現し、課題の解消が期待できます。また、ドローンや人工衛星、IoTセンサーなどから収集したデータを分析・活用することで、データに基づいた効率的な農業が実現可能です。
今後もさらなる技術革新が予想されることから、農業分野のDX推進は不可欠な取り組みになるでしょう。