超少子高齢化に突入し、介護の現場は人員不足やサービスの質低下など、さまざまな問題が浮かび上がっています。そのような中、介護現場のあらゆる問題を解決に導く重要な取り組みとして注目を集めているのが、「介護DX」です。
本記事では、介護DXとは何かに始まり、推進により得られるメリット、課題と対策、介護DXの導入事例、具体的なソリューションを解説します。
介護DXとは?
「介護DX」とは、介護の現場にAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、ICT(情報通信技術)などのデジタル技術を導入して、業務効率化および生産性向上を図る取り組みをいいます。
そもそも「DX(デジタルトランスフォーメーション)」とは、デジタル技術によって社会を変革し、人々の生活をよりよいものにしていくことです。近年、デジタル技術の目覚ましい進歩により、あらゆる業界でDXへの取り組みが進んでおり、介護業界でもその波が訪れています。
現在、超少子高齢化に突入する日本では介護問題が大きな課題です。要介護者が適切な介護サービスを受けられない「介護難民」や、高齢者同士で介護する「老老介護」など、あらゆる問題が指摘されています。介護DXは、このような介護業界のあらゆる課題を解決するために必要となる取り組みです。
厚生労働省でも介護現場におけるICT化を推進しており、特に地方における人材不足の解消や、エビデンスに基づく介護サービスの提供に取り組んでいます。また、介護DXの関連市場も拡大の一途です。DXにより、今後、何十年先を見据えた介護問題への早急な対策が求められています。
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介護DX推進によるメリット
職員の負担軽減につながる
介護DXの推進は、現場で働く職員の負担軽減につながります。デジタル技術により、これまで人の手で行っていた業務の自動化や省力化が実現し、業務効率の向上が期待できるからです。たとえば介護記録など、これまで紙で行っていた業務をペーパーレス化し、オンラインで作業することで、煩雑だった事務作業が軽減できます。また、介護サービスの計画書をAIがサポートすることで、迅速な介護サービスの提供が実現します。加えて、見守りセンサーを導入することで、見回りの回数を減らすことが可能です。
このように、業務にデジタル技術を取り入れることで職員の負担が軽減され、さらには離職の抑制も期待できます。
人員不足をカバーできる
最新のデジタル技術により、介護業界の深刻な課題である人員不足をカバーできます。介護の業務では、おむつ交換や入浴・食事・移動の介助など、多くの人員を必要としています。そこで、移動支援や排泄支援、見守りなどを担う介護ロボットを導入することで、少ない人員でも効率的に業務をこなせるようになります。介護サービスの質を向上できる
ここまで介護をする側のメリットを解説してきましたが、介護サービスを受ける側にもDX推進によるメリットがあります。それは、受ける介護サービスの質の向上です。これまで介護を行う人間の経験や勘に頼っていた部分を、データやデジタル技術に補ってもらうことで、介護サービスの品質がより向上します。たとえば、スマートウォッチやセンサーを活用し、利用者の健康状況などを見守れる体制が整うことで、排泄ケアもタイムリーにでき、緊急時の対応もスピーディーになります。また、介護記録の電子化によって、それまでのデータが蓄積され、介護ケアの改善に活かされることも期待できます。さらに、要介護認定にAIを活用することで、申請から認定までの時間が短縮できる点もメリットです。
介護DXを推進するうえでの現状の課題と対策
介護DXは多くのメリットをもたらしますが、推進するうえでさまざまな課題が考えられます。コストがかかる
まず考えられる課題は、デジタル技術の導入に関わるコストです。介護DXの推進には、最新技術を搭載したITツールやシステム、デバイスなどを導入する必要があります。さらに、これらの初期費用に加え、ランニングコストも発生します。長い目で見ればコストダウンも可能な場合はありますが、費用対効果を心配して導入に躊躇するケースも少なくありません。このような懸念がある場合、まずはスモールスタートで推進することがおすすめです。少ないコストで済む設備から導入し、費用対効果を確かめながら、少しずつ可能な範囲で推進していきます。無理なくスタートでき、リスクも最小限に抑えられる手法です。
IT人材が必要である
介護の現場では、IT人材の不足もDX推進を妨げる要因のひとつとなっています。そもそも、介護業界はデジタルネイティブでない世代も多く働いており、ITツールやシステムなどに抵抗感のある職員も少なくありません。たとえ抵抗感がなくても、職員によってPCスキルにばらつきがあるなど、IT人材の不足は介護DXの大きな課題です。まずは介護DXを推進する理由を職員に説明し、理解を得ることから始めましょう。そして、研修の実施やルールの統一、マニュアルの作成などを進めていきます。また、IT人材の採用強化に加え、DXに特化したコンサルティングを利用するのもひとつの手です。
採用の際は、ただデジタルに強いだけではなく、デジタル化を通じて介護の現場を変革する意識を持てる人材を採用できるようにしましょう。
DX化をイメージしづらい
IT人材不足に関連するところですが、介護DXについて、「そもそもDXのイメージが明確でない」「何がデジタル化できるのかわからない」といった感想を持つ経営者や職員が多いことも、課題のひとつです。単に「DXにより業務改善できる」といわれても、明確なイメージは湧きにくいかもしれません。そのような場合、まずは介護DXにつながる機器やシステム、サービスを知り、自社で活用できるものがあるかを検討することが重要です。また、介護DXの事例を知ることで、導入のイメージも湧きやすくなります。次項からは、介護DXの導入事例や具体的なソリューションを解説します。
介護DXの導入事例
1. 要介護認定事務を効率化│福島県郡山市
まずは、要介護認定事務をデジタル化した福島県郡山市の事例を紹介します。高齢化が進み、要介護者が年々増加する郡山市では、要介護認定事務における職員の負担や、増加する労働時間が問題となっていました。さらに、本来は申請から認定までの期間が30日以内であるところが、40日以上かかってしまうケースも増加していました。そこで、限られた人員で効率的に事務処理を行うために、デジタル技術の導入を決定します。
デジタル化の内容は、要介護認定申請のオンライン手続き対応、認定調査におけるモバイル端末機の導入、調査票の確認作業にAIの導入、介護認定審査会におけるWeb会議の導入、会議資料のペーパーレス化などです。
これらデジタル技術の導入により、調査票の確認作業が約45分から約15分にまで削減され、申請から認定までの期間も10日ほど削減されています。
2. 遠隔にいる高齢家族の健康状態をスマートウォッチでモニタリング│八幡平市メディテックバレープロジェクト
約862.25平方キロメートルの広大な土地に約24,500人が暮らす岩手県八幡平市では、高齢化率が40%を超えており、医療施設へのアクセス問題や、ひとり暮らしの高齢者の見守りが大きな課題となっていました。無医地区も発生していたため、市立病院の医師が往復3時間かけて診療所に赴くなど、かろうじて医療の体制を確保していた状況です。
そこで、遠隔診療および遠隔見守りサービスを導入します。スマートウォッチを装着することで、そこから取得した心拍数などの情報を24時間365日欠かすことなくクラウドサーバーに送信し、遠隔地にあるデバイスでほぼリアルタイムのデータを共有できるようになりました。また、同じソフトウェアで、家族による見守りも可能です。
参照元: 【過疎地を、日本のシリコンバレーに】「八幡平市メディテックバレーコンソーシアム」に参画、日本初のApple Watchを活用した遠隔診療×遠隔見守りの実装へ
3. 介護施設職員の負担を軽減│埼玉県スマート介護施設モデル事業
埼玉県では、介護需要の高まりから介護人材の不足を懸念しており、介護施設における生産性向上を大きな課題としていました。そこで、介護負担の軽減や介護サービス品質の向上を目指し、介護現場でのICT導入を促進する事業を展開します。事業の実施にあたっては、厚生労働省の「地域医療介護総合確保基金」を活用し、モデル施設における業務改善や職員の負担軽減などの成果を上げています。
モデル施設のうち、24時間見守り可能な介護ロボットを導入した「さつきホーム」では、それまで夜間に4回見回り確認をしていたところ、導入後は2回分を遠隔で確認することが可能になりました。夜間に利用者の睡眠を妨げることなく状況確認ができることから、職員の負担軽減に加え、介護サービスの品質向上も実現しています。
参照元: 地域社会のデジタル化に係る参考事例集【第2.0版】
参照元: スマート介護施設モデル事業成果報告会
介護DXに使える具体的なソリューション例
ここからは、実際に介護DXに活用できる具体的なソリューションを紹介します。1. ロボット介護機器での介護支援
ひとつ目は、「ロボット介護機器」です。ロボット介護機器は、いわゆる介護ロボットのことであり、「情報を感知する」要素、「判断する」要素、「動作する」要素の3要素を持つものと定義されています。
参照元:介護ロボットの開発・普及の促進│厚生労働省
介護ロボットが行える業務は、移動介助や移動支援、排泄・入浴支援、見守り、介護業務支援などです。主に、装着型パワーアシストや歩行アシストカート、自動排泄処理装置、見守りセンサーなどの介護ロボットが活用され、職員の負担軽減に役立てられています。
なお、経済産業省・国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)では、介護ロボットの認知や普及に貢献することを目的とした、「医療機器等における先進的研究開発・開発体制強靭化事業(ロボット介護機器開発等推進事業)」が展開されています。
参照元:医療機器等における先進的研究開発・開発体制強靭化事業(ロボット介護機器開発等推進事業)
2. VRを用いた認知療法で認知症予防・改善
VR(Virtual Reality)を用いた認知療法も普及しています。VRとは、あたかもそこにいるかのような没入感が体験できる仮想現実のことであり、その技術を活かして脳機能を活性化させようという取り組みが各国で行われています。
たとえば、イギリスのVirtue Health社は、VR機器を用いて患者に過去の画像や音楽、映画などを見聞きさせることで、記憶を呼び起こさせるという治療法を開発しました。実施したトライアルの結果、全体の60%にコミュニケーション能力の向上が見られ、80%に認知機能への刺激の兆候が見られたとされています。
参照元: 仮想現実体験による認知症治療の可能性
3. スマートウォッチやクラウドを活用した健康管理
スマートウォッチなどのIoTやクラウドを活用した健康管理も注目されています。スマートウォッチとは、腕時計のように着用し、スマートフォンと連携させて利用できるウェアラブルデバイスです。内臓センサーによって身体の動きやバイタル情報を取得して分析・管理を行い、クラウドネットワークを通じて遠隔地からでも情報の共有が行えます。また、GPS機能も搭載されているため、健康管理や見守りだけでなく、徘徊による事件・事故の防止も期待できます。
スマートウォッチやクラウドといったデジタル技術は、介護現場だけでなく医療分野でも活用可能です。病気の早期発見・治療の効果確認などに役立ちます。
まとめ
介護DXは、AIやICTなどのデジタル技術を活用し、介護現場における職員の負担軽減や介護サービスの品質向上を目指す取り組みです。しかし、コストの問題やIT人材の不足、DXのイメージが湧きにくいといった課題があります。
介護DXの推進には、まずスモールスタートを心がけることや、職員に対するDXの周知、介護DXに関する情報の取得などが対策として有効です。今後が懸念される介護現場のあらゆる課題を解決するためにも、積極的に介護DXを推進しましょう。