今日、多くの企業が業務プロセス改革によって最適化されたビジネスの実現と、組織力の強化を夢見ています。しかし、同時に多くの企業が古い習慣やルールを捨てきれずに業務プロセス改革が夢のままで終わっています。
慣習や伝統を重んじる日本人にとって、日常的に行った業務を捨てるということは、非常に勇気のいることかもしれません。それでも、小さくともこれまでの業務を変革し、新たな文化を築いていくことが「業務プロセス改革」です。
今回は業務プロセス改革の効果を知っていただくためにも、全日本空輸(以下ANA)の業務プロセス改革事例を紹介していきます。また、業務プロセス改革におけるよくある失敗事例についても紹介していくので、この機会に自社に業務プロセス改革について考えてみてください。
ANAが進めた業務プロセスの数々
生産性や稼働率が強く求めらえるエアライン業界において、ANAはIT技術の変容に応じた変化を遂げてきました。2000年以降はそれまで自社システムの中心となっていたメインフレームを脱ぎ捨て、オープンシステムの流れによってレガシー環境からの脱却を図りました。
2012年にはIT部門の名称を「業務プロセス改革室」に変更し、クラウドサービスやコンシューマITの活用を推進してきました。
iPad配布によるペーパーレス化の促進
常に変化を求めてきたANAの具体的な業務プロセス改革事例としては、2012年4月に始まり客室乗務員、パイロット、整備士、空港係員にそれぞれiPadを配布しました。iPadには各種業務に必要な情報やマニュアルが格納されており、必要に応じて情報を検索できるようになっています。
いわゆるペーパーレス化を実現し、紙使用によるコストを4億円程度削減し、さらには現場でのきめ細やかなサービスを支援しています。
自動機とPepperによるサービスの最適化
ビジネスにおいては、以前は28ヵ所の有人カウンターで行っていて荷物預かり業務を、自動機とPepperの活用でカウンター人員を70%削減し、顧客の待ち時間を最大80%削減しています。
改革と事業本質の整合性を考慮したイノベーション
イノベーションとも呼べる数々の業務プロセス改革を行ってきたANAですが、改革を推進する上で重要視しているのが「事業本質を侵さない改革を行う」ことです。
エアライン業界において唯一譲れない点は「安全」です。どんなに効果のある業務プロセス改革でも、顧客・パイロット・乗務員・整備士・空港係員などステークホルダーの安全性を侵害してしまうような改革は、ビジネスそのものを破たんさせてしまう原因になります。
このためANAでは一本芯の通った信念のもと、業務プロセス改革を進めているのです。
≪参考資料≫
ANAの業務プロセス改革--「IT部門が経営を巻き込む」
全日空の事例に見る「業務改革への効果的なアプローチ」
業務プロセス改革のよくある失敗事例
ANAのように業務プロセス改革を進めることができれば、組織やビジネスにとって効果の高い改革を行うことができます。しかし、実際に業務プロセス改革に成功している企業は一部です。
なぜ失敗してしまうのか?原因はほぼ共通しています。「本質を理解していない」「IT化ありき」「全社的な改革」この3つが共通原因です。
本質を理解しないままのコスト削減
事業本質を理解しない業務プロセス改革は危険です。ANAの事例で言えば「安全性を侵害するような改革を行わない」ということが、本質を理解した改革だと言えます。
ある工作機械メーカーでは、リーマンショック当時にリストラによる大幅な人員削減を行いました。主な対象となったのは企業に長く属していた、いわゆるベテラン社員です。人件費の多くかかるベテラン社員を削減することで、効率的なコスト削減を目指したのです。
こうした人件費削減も、一種の改革だと言えます。
その後、景気回復に伴い人員増加を行った同社では、それに見合った生産能力拡大が伴わないという問題が発生しました。原因は、削減した人員の中に部品手配を熟知していたベテラン社員が含まれていたことです。
複雑な工作機械の組立て現場では部品手配のタイミングが重要です。需要と供給のバランスを保つことで、生産計画通りの生産を行い、さらには過剰在庫などの問題も防ぎます。
同社は一見ビジネスの本質とは程遠い場所にいたベテラン社員を切り捨てたことで、本質を理解しないまま改革を行ってしまったのです。
IT化ありきの業務プロセス改革
ANAの業務プロセス改革事例でもIT化は拡大しています。iPadの導入などはまさにIT化であり、4億円のコスト削減はとても素晴らしい導入効果です。しかし注意しなければならないのは「IT化ありきの業務プロセス改革になってはならない」ということです。
ITというものはあくまで目的を達成するための「手段」であって、目的そのものになってはいけません。もしもANAがiPadを導入することに主眼を置いて業務プロセス改革を行っていたのなら、恐らく成功事例ではなく失敗事例として紹介されていたでしょう。
IT化ありきの業務プロセス改革を行ってしまう企業は、往々にして改革プロセスがバラバラになっています。
「A社もB社もiPadの導入でコストを大幅に削減した。わが社も導入するぞ!」これは目的と手段をはき違えており、IT化という取り組みから始まっています。
実際は社内の問題をはっきりと特定し、その問題に対して有効的なアプローチを展開しなければなりません。あくまでANAは課題解決の方法としてiPad導入を選んだのであって、最初からIT化を目指していたわけではないのです。
いきなり全社的な改革を進めた
最も多い失敗事例がこの「いきなり全社的な改革を進めた」ではないでしょうか。業務プロセス改革は規模が大きいほど効果が高いと勘違いされがちですが、実際はもっとデリケートなものです。
たった一つの業務プロセス改革を取っても、入念な課題把握と解決策の立案、展開と評価、そして改善を繰り返して改革を成していきます。ANAの事例でも段階的にiPadを導入し、「スモールスタートな業務改革」を進めたことが見て取れます。
また、優先度や状況に応じて改革すべき業務プロセスを決定しいているため、継続的に成果を挙げているのです。
いきなり全社的な業務プロセス改革は、積み上げ方もわからないままに、高く積みあがったつみきを思い切り倒しているようなものです。効率的かつ最適化された業務プロセスを積み上げていくことはもちろん、以前と同じように積み上げていくことすら難しくなってしまいます。
まとめ
今回、成功事例としてANAの業務プロセス改革を紹介しましたが、一つ誤解しないでいただきたいことが「業務プロセス改革は簡単ではない」ということです。業務プロセス改革は大胆に行うのではなく、慎重に行うことが大切であり、成功事例よりも多くの失敗事例が存在しています。
しかし、正しい業務プロセス改革を行うことができれば効果は絶大です。まずはスモールスタートで、自社の業務プロセス改革のシナリオを描いてみてください。理想と現実のギャップを埋めつつ、現実的な業務プロセス改革を推進していくことで、その取り組みを成功させることができます。