DXは、現代のビジネス環境において企業の競争力を維持し、更なる成長を達成するために不可欠な戦略となっています。しかし多くの企業、特に中小企業においては、DXに取り組む企業がまだまだ少ないのが現状です。
そこで本記事では、なぜ中小企業がDXに取り組むべきなのかをはじめ、現状と課題、さらには成功への具体的なポイントなどについて詳しく解説していきます。中小企業による実際のDX成功事例もご紹介するので、ぜひ参考にしてください。
そもそもDXとは?
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、企業がデジタル技術を用いて業務プロセスを効率化し、ビジネスモデルを変革し、新たな価値創造を行うことを指します。これは、ITを単なる支援ツールとしてではなく、企業経営そのものを変革する力として位置付けるものです。
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中小企業におけるDXの可能性
あらゆる産業でデジタル技術の活用が進んでいる今、DXは業種や規模に関係なく、どの企業にも求められています。
大企業は豊富なリソースゆえに、中小企業に比べてDXを進めやすい面もあるかもしれません。その一方で、大企業は組織の大きさや既存市場での成功が足枷になって、施策の実行スピードやイノベーティブなマインドに問題を抱えることも多くあります。
その点、経営者が即決で新たな取り組みをしやすい中小企業は、大企業に比べて変革のスピードの点においてアドバンテージが大きいです。自社でオリジナルのDX戦略を立案するのが難しくても、まずは先行企業の取り組み事例を参考に自社へ取り入れていくことで、効率的にDXの成果を出しつつ、必要な知識やノウハウを蓄積していくことが可能です。
参照元: 中堅・中小企業等向け「デジタルガバナンス・コード」実践の手引き2.0
中小企業におけるDXの現状
上記で述べた通り、DXの可能性は中小企業に対しても開かれています。しかし、IPAの「DX白書2023」によれば、大企業の4割強がDXに取り組んでいる一方で、中小企業では1割強しかDXに着手できていないのが現状です。
中小企業におけるDXが遅れている原因としては、やはりDXに費やせるリソースやノウハウの不足が大きく影響しています。2022年に独立行政法人中小企業基盤整備機構が公表した「中小企業のDX推進に関する調査」によれば、DXの課題として従業員20人以下の中小企業が第一に挙げたのは予算不足です。従業員21人以上の企業では、DXもしくはITに関わる人材不足が真っ先に挙げられています。
参照元: 中小企業のDX推進に関する調査
参照元: DX白書2023
業種別のDXの取り組み状況
DXの取り組み状況は企業規模以外に、業種や地域によっても違いが出ています。株式会社情報通信総合研究所による総務省の委託調査によれば、DXの実施は情報通信業全般でずば抜けて進んでいる状況です。その中でも、特に通信業に関してはDXへ取り組んでいる企業の割合が51%と過半数に達しています。
情報通信産業に続くのが、金融業・保険業や農業・林業などの業界です。意外かもしれませんが、農業は各種の車両やセンサーなどによる自動化・省力化が進んでおり、人手不足対策のためにもデジタル技術の活用が今後さらに期待されています。
逆に、DXへの取り組みが遅れている業種は、医療・福祉を筆頭に、運輸業・郵便業、宿泊業・飲食サービス業などです。これらは人手不足が慢性的な課題になっている業界でもあります。すべては難しいとしても、できるところから業務の自動化・省力化などを進めていくことが重要です。
参照元: デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究の請負
都道府県別のDXの取り組み状況
都道府県別、あるいは地域別でみると、都市部の企業の方がDXへ積極的に取り組んでいます。特に東京23区では全体の4割弱(37.2%)の企業がDXに取り組んでいる状況です。東京都以外の場合、政令指定都市に拠点を置く企業であっても全体の23.9%しかDXに着手していません。特に中核市未満に拠点を置く中小企業では、DXに着手している企業が9.3%となっており、低調な結果です。一方、東京23区では中小企業に限定しても2割強(21.7%)がDXを実施しています。このように、東京とそれ以外の地域とではDXへの取り組み状況に大きな差が出ています。
なお、株式会社エイトレッドによる『「地方中小企業のDX実態」に関する調査』および『「東京都の中小企業におけるDX実態」に関する調査』によると、中小企業がDX推進により解決したい課題としては、首都圏でも地方でも「業務効率化」や「生産性の向上」が挙げられています。地域による違いが表れているのは「商圏の拡大」で、首都圏で特に重視される傾向にあります。
参照元: デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究の請負
参照元: 「地方中小企業のDX実態」に関する調査
中小企業におけるDX推進の課題
業種や地域にも左右されるとはいえ、大企業に比べて中小企業の方がDXへの取り組みが遅れているという傾向は変わりません。では、中小企業のDXが遅れている具体的な理由は何でしょうか。DXに向けたビジョン・戦略を模索している
DXを進行させるためには、まず明確なビジョンと戦略が必要です。経営者をはじめとするDX推進者は、デジタル技術をどのように活用して自社のビジネスを変革していくべきか分析し、各種の施策を実行していかなければなりません。
こうした具体的なビジョンや戦略が描けていないと、システムを導入しただけでDXをした気になったり、曖昧な指示でIT担当者や現場を混乱させたりするような状況に陥りやすくなってしまいます。実際、先に紹介した「中小企業のDX 推進に関する調査」では、DXの推進を阻害する課題として「何から始めればよいか分からない」などの回答も上位になっており、DXを具体的な戦略や施策に落とし込むことに困難を覚えている企業が多い現状が示されています。
参照元: 中小企業のDX推進に関する調査
DXに必要性を感じていない
上記の課題と関連して次に問題になってくるのが、「DXの必要性を感じていない」という現状認識の問題です。
先述の調査でも約24%の中小企業はDX推進にあたっての課題として「具体的な効果や成果が見えない」ことを挙げています。特に中小企業は全体的にDXへの取り組みが遅れているので、「他企業もやっていないから自社もやらなくていいだろう」という発想に陥りやすいかもしれません。
しかし、他企業が本当にまだDXに着手していないとしたら、そこに歩調を合わせるのではなく、抜け出す方向に思考を切り替えた方が建設的です。DXに取り組むことで自社のビジネスや業務にどのような好影響を生み出せるか理解を深め、取り組むことは、競合他社への大きなアドバンテージになりえます。
参照元: 中小企業のDX推進に関する調査
IT人材が不足している
中小企業ではITスキルを持つ人材の不足も大きな課題となっています。DX推進には、新たなデジタル技術の導入・運用やデータ解析などを行うIT人材が必要です。また、DX戦略を構築するには、ITをどのように事業で活かせるか経営目線で考察し、プロジェクトを推進していく人材も欠かせません。しかし、今やIT人材はさまざまな業界・企業が積極的に獲得へ動いているため、DXを推進できるような優秀な人材を中小企業が確保するのは容易ではありません。この問題を解決するには、IT人材に対する採用活動の強化だけでなく、社内の既存人材をIT人材に育成していく中長期的な取り組みも重要です。もちろん、短期的な対策としては、アウトソーシングの活用なども有効な施策として挙げられます。
ベンダー企業に丸投げになっている
IT人材が不足していることとも関係して、システムの設計・導入などについてベンダー企業へ丸投げすることに慣れてしまっている企業が多いこともDX推進を困難にしている一因です。もちろん、ベンダー企業の協力を得ること自体は決して悪いことではありません。しかし、「現状の自社で何が問題になっていて、どういった状況になってほしいのか」を明確に示されなければ、ユーザー企業のニーズを満たすシステムを作ることは困難です。そうなれば、手戻りによる開発期間の長期化や開発費用の肥大化などにつながり、ベンダー企業とユーザー企業間のトラブルに発展する可能性もあります。DXを推進するためには、まずユーザー企業側でもベンダー企業と意思疎通できるだけの知識と主体性を身につけ、責任感を持って協調関係を築いていくことが重要です。
既存 IT システムの崖(2025 年の崖)問題がある
DXを推進できるだけのシステム基盤がないことが問題になることも多々あります。たとえば、自社で使用している基幹システムが古すぎて、DXに必要な最新技術に対応できないなどです。この問題は、「2025年の崖」といわれる問題と関係しています。
「2025年の崖」とは、2018年に経済産業省が「DXレポート」で警鐘を鳴らしたレガシーシステムに関する問題です。レガシーシステムとは老朽化したシステムのことで、全社的なデータ活用などの現代的なニーズへの対応が難しいだけでなく、「システム構造がブラックボックス化しているせいで適切な保守が難しい」「保守費用が肥大化する」など数多くの問題を抱えています。2025年には約6割の企業で稼働21年以上の基幹系システムを抱えることになり、この影響によって最大12兆円/年の経済損失が日本に生じるというリスクが「2025年の崖」です。
レガシーシステムが社内に存在する場合、企業はその保守運用だけで人的にも金銭的にも多くのリソースを消費してしまい、DXのために必要な余力を失いかねません。実際、「DXレポート」では、約7割の企業でレガシーシステムがDXの足枷になっていると実感されていると指摘されています。したがって、DXを実現するには、まずレガシーシステムを最新のシステムへと刷新することが重要です。
参照元: DXレポート
中小企業がDXを成功させるポイント
経営者がリーダーシップを発揮する
中小企業におけるDXを成功させる大きな鍵は、経営者のリーダーシップにあります。経営者自身がDXの重要性を深く理解し、その意義と戦略を社員に対して明確に伝え、全員で推進する方向性を示すことが不可欠です。大企業と比較すると、中小企業の組織は規模が小さく、経営者の意志が直接、素早く社員へと伝わります。そのため、決断と実行のスピードが速く、全社を挙げたDXの推進が可能となります。しかし、一方で経営者がDXの重要性を誤解していたり、不適切な戦略を立てたりすると、それがそのまま企業の方針となってしまうリスクもあります。経営者自身の正確な理解と、社員への適切な情報伝達が求められます。身近なところから始める
DXを推進するためには、身近なところから始めることがポイントです。すぐに大規模な変革を試みるのではなく、まずは個々の業務のデジタル化や、既存のデータの活用などから始めてみましょう。たとえば、社内の手続きを電子化したり、データを一元管理するシステムを導入したりすること。その結果を見ながら次のステップに進むことで、失敗からのリカバリーも早くなり、また経験と知識を蓄積しながら段階的に変革を進められます。外部の視点・人材を確保する
経営問題の解決やビジネスモデルの変革といったDXの大きな目標を達成するには、相応の人材が欠かせません。長期的には社内で育成するにしても、それでは成果が出るまでに時間がかかりすぎるのも事実です。したがって、スムーズにDXへ取り掛かるには、ベンダー企業やITコンサルタントなど社外の人的リソースを有効活用することが鍵になります。ITに関する豊富なスキルやノウハウを持ち、社外の人間ならではの客観的な視点から支援や助言をしてくれる専門家を頼ることで、社内で不足する人的リソースを補うことが可能です。ただし、持続的にDXへ取り組んでいくためには、外部の専門家に問題を丸投げするのではなく、彼らとの積極的な交流を通して、そのスキルやノウハウなどを社内に吸収していくことが重要になります。
補助金を活用する
資金面で課題を抱えがちな中小企業がDXに取り組む上では、補助金の活用も大切なポイントです。「ものづくり補助金」や「事業再構築補助金」など、国や自治体が提供する補助金制度を活用することで、DXに必要なシステム導入などの各種投資を行いやすくなります。DXに取り掛かる際は、各補助金の応募要件などをよく確認し、ぜひ申し込んでみましょう。中長期的に取り組む
DXは業務効率化などの個別課題の解決に留まらず、最終的にはビジネスモデルや企業風土の変革など、抜本的な変化を企業に迫るものです。こうした大がかりな取り組みは一朝一夕で成功するものではないため、5年後、10年後を見据えた中長期的なビジョンと取り組みが欠かせません。このような長期的な視点を持つことで、一時的な問題や失敗に振り回されず、DXを通して持続可能な成長を実現しやすくなります。中小企業のDXにおけるAI活用のユースケース
DXに取り組む際、ぜひ積極的に活用していきたいのがAI(人工知能)です。以下では、中小企業のDXにおいてAIをどのように活用できるか、そのユースケースの一部を紹介します。合同会社ビバ&サンガ
合同会社ビバ&サンガは複合型スタジアム「サンガスタジアム by KYOCERA」の管理運営事業を行っている中小企業です。同社ではまず、自社の業務課題を整理して、中長期的なAI導入ロードマップの策定を行い、段階的にAIをはじめとするデジタル活用を進めていく見通しを立てました。また、AIの画像認識機能を使って、スタジアム内の芝生画像を解析して、修復が必要な箇所を特定できるか技術検証も行いました。
同社のこの成果は、AIについての知見がない状態から、外部のAI人材の協力を得ながら社長以下数名でプロジェクトを始め、約2ヶ月で達成したものです。同社の事例は、中小企業のDXが如何にスピーディに進められるかを示す好例でもあります。
参照元: 中小企業の経営者・担当者のためのAI導入ガイドブック
株式会社ホリゾン
株式会社ホリゾンは製本機器の提供を主力事業としている中小企業です。同社では、多品種少量生産で出荷した機械のアフターパーツの需要予測にAIを活用しました。それまでアフターパーツの需要予測は経験則を頼りに行っており、在庫管理などに課題を抱えていたためです。
そこで同社は社内の業務システムに蓄積されていたデータを活用し、外部のAI人材の力も借りて、需要予測AIモデルを構築しました。その結果、AIの需要予測の対象とした数百部品のうち、約75%の製品で従来の予測方式よりも予測精度を向上させることに成功させました。
参照元: 中小企業の経営者・担当者のためのAI導入ガイドブック
中小企業におけるDXの成功事例
最後に参考のために、経済産業省の「DXセレクション2023」で優良事例として高く評価された中小企業のDX成功事例を紹介します。株式会社フジワラテクノアート
醸造食品などの製造機械メーカーである株式会社フジワラテクノアートは、自社の醸造設備製造業におけるシェアを活かし、2050年を見据えた成長戦略の一環としてDXを推進しています。そのために同社が掲げた目標が、「フルオーダメイドものづくり」の高度化と「新たな価値創造」です。
これらの目標を実現するために、同社は3年間かけて基幹システムを刷新し、21の新システム・ITツールの導入、協力会社と提携の上での受発注システムの改善などに取り組みました。これらの取り組みにより全工程が進化し、情報セキュリティの強化、未来志向的なマインドになった社員によるDX推進内製化の実現、杜氏の技術伝承を支援するAIシステムの開発などに成功しました。同社のこの取り組みは高く評価され、「DXセレクション2023」ではグランプリに輝いています。
参照元: DX Selection 2023
株式会社土屋合成
プラスチック製品の製造を行う株式会社土屋合成は、「24時間停まらない工場」をDXによる自動化によって実現できるように取り組んでいます。同社で扱う射出成形品は単価や1個当たりの利幅が安いので、大量に製造しなければいけません。しかし、人力で24時間体制の稼働を実現するのは従業員の負担が大きく、特に夜間や休日の人手不足は深刻でした。
そこで同社は無理な働き方をしなくても365日24時間体制で工場を稼働できるようにDXに着手しました。設備異常を早期把握できるシステム、生産設備の稼働状況を遠隔監視できるシステム、手作業で行っていた工程の自動化などがその具体例です。これらの取り組みによって、同社は少ない人員での24時間稼働が可能になり、売上高がコロナ以前と比較して約120%となり、利益は過去最高を更新しました。
参照元: DX Selection 2023
グランド印刷株式会社
印刷業を営むグランド印刷株式会社は、シナジー効果の高い事業をデジタルによって統合し、連携させていく「連邦多角化経営」を理想のビジネスモデルとして掲げている企業です。同社はそれを実現するためにDX人材の育成を社内で推進すると共に、全社横断的なデータ活用を進めています。
その結果、日々蓄積されていくデータを基に次々と新事業が創出できるようになり、年に2~3個の新規事業が立ち上げられるようになりました。その結果、既存の事業が低調になっても新規事業で補えるようになり、コロナ禍でも年間7,000社の新規顧客を獲得しました。さらに、デジタル技術によって既存業務の効率化・省力化も達成しており、子育て中の女性でも活躍できる働きやすい環境を作ることに成功しています。
参照元: DX Selection 2023
特定建設業
有限会社ゼムケンサービスは、建設業としては珍しく従業員の大部分を女性が占めるなど、女性の活用に積極的な企業です。そのため、同社では各従業員がそれぞれの家庭環境やライフステージに適した働き方をしやすいようにDXへ取り組んでいます。
具体的には、コミュニケーションツールのデジタル化、データのクラウド共有、モバイル端末の支給などです。これらの施策によって効率的に情報共有を行い、いつでもどこでも助け合って働ける環境を整えることで、ワークライフバランスやチームワーク、生産性などが改善され、社員数はそのままで売り上げを4倍以上に伸ばすという驚異的な成果を上げることに成功しました。
参照元: DX Selection 2023