日本では、地震や津波、台風などの災害発生頻度が少なくありません。近年では、災害に備えて被害を抑えるために、膨大なデータを活用し高度な分析を行えるAIを活用した「AI防災」の導入が増加しています。本記事では、AI防災の概要やメリット、今後の課題、防災分野におけるAI導入事例を解説します。
AI防災とは?
AI防災とは、AI技術を用いて行う災害対策のことです。衛星で取得したデータや、過去の災害発生などのビッグデータをAI技術を用いて分析することによって、災害の発生や、発生後の被害状況を予測します。最新技術のAIの活用で、人の手では予測が不可能だった地震や台風、津波警報、線状降水帯など、さまざまな災害発生の事前予測も可能になりました。
これにより、災害時の避難経路確認や、避難勧告などの実施、適切な救助の実施にもつながります。
防災分野でAIが求められる理由や背景
日本政府は、仮想空間(サイバー空間)と現実空間(フィジカル空間)を融合させたシステムを活用して、経済社会と社会的課題の解決を目指す未来社会「Society 5.0」を推奨しています。人類の進化に伴い変化する社会を「狩猟社会(Society 1.0)」「農耕社会(Society 2.0)」「工業社会(Society 3.0)」「情報社会(Society 4.0)」と定義したうえで、これからの変化が期待される新たな社会が「Society 5.0」です。
これまでの情報社会では、知識や情報などのデータを効率的に共有できず、膨大なデータから必要な情報を抽出して分析、活用する作業が適切に行えませんでした。Society 5.0とは、IoT(Internet of Things)やAIの活用によって、これまでは活かせなかった膨大な情報の収集・分析を可能にし、必要な情報を迅速に活用できる社会のことです。これは、日本が問題としている少子高齢化社会、地方の過疎化などを高度な技術革新によって解決し、技術を利用して一人ひとりが活躍できる社会を目指すためのコンセプトでもあります。
Society 5.0の仕組みは、現実空間で収集された膨大なデータを蓄積した仮想空間でAIが分析を行い、その分析結果を人間にフィードバックすることで生まれています。人間には扱えなかったデータ量とデータ処理能力の活用が、AIの導入によって可能になりました。たとえば、防災や救助に欠かせない被害情報の把握なども、ビッグデータの解析によってリアルタイムで行えます。人命に関わる防災という分野だからこそ、安定して住民にサービスを提供するためには、仮想空間でデータの処理を行うAIの導入が不可欠です。
関連記事:Society5.0 (ソサエティ5.0) とは? 技術や取り組みをわかりやすく解説
AI防災のメリット
AIの実用化によって大量のデータの分析が可能となりました。ここでは、AIを防災に活用するメリットを紹介します。
被害状況の早期把握・分析が行える
自然災害が発生した場合、危険な場所や今後の変化を把握するため、災害の状況をいち早く確認することが大切です。従来では、現地に向かい災害情報を直接収集する方法がとられていました。しかし、この方法だと被害状況の正確な把握には時間がかかります。そこでAIの活用が進められました。
また、AIドローンなどを使用した被害状況の画像収集も、リアルタイムで現状を把握できる手段のひとつです。災害が発生した危険なエリアに向かうことなく、現地の画像取得が行えます。正確な情報が伝達され、共有できると、迅速な安全確保につながります。
さらに、ビッグデータを用いた分析で、被害状況をもとに避難場所までの安全な経路が示される災害対策も緊急時に有効利用が可能です。災害発生後の安全な避難がサポートされるため、二次災害の防止が期待できます。
関連記事:災害時のドローン活用方法! メリット・課題・活用事例も解説
災害の事前予測・被害想定を算出できる
現在では、災害の事前予測や被害想定に向けたAI技術の開発、活用も進められています。災害発生の予測や被害規模の想定に使用されているのは、シミュレーション技術とAI分析技術です。これらの技術を用いた場合、具体的な災害発生時期や地域、規模まで予測が可能です。
たとえば、地震発生時の津波対策としては、シミュレーションで求められた津波到達までの予想時間が取り入れられています。地域ごとに異なっている地形をもとに、津波の動きをシミュレートして各エリアへの到達時間を予想し、安全な避難経路を確保するという仕組みです。自然災害の発生を事前に予測できると、災害発生時に向けた対策がとれるため、効率的な避難準備などの対応も行えます。
災害発生後の早期支援が可能となる
災害発生時には、AIを活用した情報収集で被害を早期に把握することが災害後の早期支援を可能にします。情報収集のためにAI搭載のロボットやドローンを使用すると、現地の状況把握をスピーディーに行え、支援活動の開始を早めることが可能です。
また、救助対象者が日本に滞在中の外国人だった場合、言葉が通じないという問題があります。日本語話者ではない人にも災害時の情報を適切に伝えるためには、AI技術を用いた翻訳サービスなどの導入が有効です。たとえば、多言語対応している災害時対応のAIチャットボットの導入を行うと、非常時にも日本語が通じない観光客に対する避難指示などの伝達がスムーズに行えます。加えて、AIチャットボットを導入すれば、24時間365日いつでも問い合わせに対して情報を提供できる窓口が開設できます。
避難経路や、避難場所、災害が発生した場所や現在の災害状況などを伝達できると、災害によるパニックが抑えられ、災害場所を知らずに移動してしまうといった危険な行為を防げます。
AI防災の課題
防災でのAI活用にはさまざまなメリットがありました。しかし、AIに特有の課題も存在します。
責任の所在が不明瞭
AIの分析結果やシミュレーション結果は、正確性の高さが特長です。それでも、まれに分析結果が外れる場合もあります。ただ、現在では、AIの分析によって指示されていた災害時の避難経路で危険な目に遭った場合など、AI分析が原因で被害を受ける人が出た際に、責任の所在がどこになるのかが定められていません。
あるいは、AIを搭載したドローンやロボットが、自動運転で災害支援をしている最中に起こした事故で、被災者に被害を及ぼしてしまうケースも考えられます。AIの判断ミスがなぜ生じたのかなど、判断が生じるまでのプロセスはブラックボックス化されていてわからないため、被害に対する責任の所在を明確にするのは困難です。
現在では、まだAIによって生じた問題に関する法律が整備されていません。万が一のトラブル発生時に備えるためにも、AI技術を使用している場合のルールを明確にすることが重要です。
正確なデータ算出・管理
精度の高いAI分析を活用するためには、AIの機械学習に利用するデータの収集や準備をしなければなりません。AIの機械学習で蓄積しているデータが少ない状態では、分析の精度が低い場合もあります。AIを導入してからすぐに高い精度の分析結果を出すのは難しいため、最初は正確性の高いデータを大量に準備しなければなりません。
日本では、堤防や河川の状況など、オープンにされていないデータがまだ多い傾向があります。地震、台風、豪雨、津波など、さまざまな災害を予測するためには多方面の正確なデータが必要です。こうした情報を入手することが難しい点が、AIの活用に向けた課題のひとつです。また、正確なデータを把握するためには、データの算出方法や管理にも注意しなければなりません。
防災分野におけるAI導入事例
ここからは防災においてAIがどのように活用されているのか、具体的な事例とともに紹介します。
消防指令員の負担軽減・業務支援
兵庫県姫路市では、緊急時の消防指令員の業務負担を軽減するためにAIの活用を行っています。119番通報が入った際に指令員の知識や経験などに関わらず、全員が一定レベルの指令業務を行えるようにするため導入したのが、AIによる支援機能が搭載されたシステムでした。同システムは2021年7月に構築され、9月から運用を開始しています。
119番通報時の会話の内容を端末上にリアルタイムでテキスト表示し、内容に応じて病名・緊急度を判定、対処方法などを自動で検索して画面に表すシステムで、指令員の業務がサポートされるようになりました。
このほか姫路市では、公開していた「救急受診ガイド」を姫路市AIチャットボットでも利用できるようにし、利用の幅を広げています。
参照元:地域社会のデジタル化に係る参考事例集【第2.0版】|総務省
津波被害の軽減予測
津波被害の軽減目的として行われている産学官連携のプロジェクト事例もあります。川崎市臨海部の津波を予測するプログラムでは、各エリアの地形を考慮して、エリアごとに津波の到達時間や浸水の高さなどの計算を可能にしました。
また、今後発生のリスクがあるとされる大地震に備えて、津波被害を軽減するために避難をサポートするスマホアプリも開発されています。浸水予測や現在地の危険度などがシミュレーションから表示され、地域住民が緊急時に安全に避難できるツールとしての活用が見込まれます。
参照元:川崎市においてICT活用による津波被害軽減に向けた共同プロジェクトを開始
災害状況の把握・伝達
災害状況の迅速な把握・伝達による災害対応支援の仕組み作りにAI技術を活用しているのが、国立研究開発法人防災科学技術研究所と民間企業の取り組みです。双方が「インターネット・AI技術を活用した防災・減災に向けた連携協力に関する協定」を締結し、災害発生時にインターネットとAIを有効に活用できるような共同研究やシステムの開発を行っています。
この仕組みでは、災害発生時にテキストや音声で情報を収集、災害状況を把握して、効果的な災害対応につなげる働きを予定しています。さらに、災害時にAIを有効活用するための取り組みとして挙げられるのが、自治体の災害時問い合わせ窓口への導入です。被災者向けに、災害情報の正確性の確認、問い合わせなどに対する自動回答機能を準備し、防災・減災体制強化に向けた取り組みが行われています。
参照元:【コーポレート】LINE、防災科学技術研究所と「インターネット・AI技術を活用した防災・減災に向けた連携協力に関する協定」を締結
水位の監視と予測
AIによる河川監視システムもあります。画像認識による河川の水位監視にAI技術を活用し、河川の水位監視業務における負担の軽減を目指している事例です。河川沿いにカメラを設置して画像で水面を監視、設定していた水位を超えた際にはAIが状況の判定を行います。現地に訪れなくとも河川の監視が可能になり、監視業務の負担も軽減できるようになりました。
また、別事例として、高松市のケースも見ておきましょう。高松市は市民が社会全体のDXを進めることを目的に、IoTの導入を積極的に行っており、「スマートシティたかまつ」と呼ばれています。市内にはスマートシティ向けのIoT共通プラットフォームが構築され、防災面では河岸などにIoTの水位センサーや潮位センサーを設置、AIとの連携で今後の水位を予測できるよう取り組み、災害に備えています。
関連記事:IoTでできることを身近な例と共に解説! 社会課題の解決事例からAI連携まで
参照元:エンジニアリング会社との協創により「河川水位判定サービス」を提供
高度な天気予測
精度の高い天気予測を目的に、AIを活用した予測から降水分布の可視化を実現した事例もあります。これは、AIに気象の専門知識を持つ技術者の知見、過去の気象データ、地域ごとの天候例、季節による天候例など、さまざまな情報を機械学習させる取り組みです。
膨大なデータを必要とする天気予測の精度を高め、安定させることは難しいとされています。ところが、この事例では正確かつ膨大なデータを技術者が適切に使用して学習させたことによって、AIの行う天気予測の精度が各段に向上しました。データから安定して精度の高い天気予測を行えるシステムで、雨雲の発達状況などの予測も可能になり、気象観測のインフラがないエリアにおける天気予測も部分的に実現、防災対策を可能にしつつあります。
参照元:ウェザーニューズ、全世界の降水分布を高精度に可視化・予測するAIプロジェクトでNVIDIAとコラボレーション
まとめ
AI防災は、AIが機械学習やシミュレーションなどを行い、これまでに人ができなかった精度の高い災害予測を可能にします。迅速な情報伝達・共有による災害時の情報提供実現にも、AIを活用したシステムが大きな成果を出しています。
今後の防災シーンで欠かせないAIですが、AIには一定のリスクもあるため、頼りすぎないように気を付けながら活用することが重要です。正確なデータを活用した精度の高いシミュレーション、災害状況の早期把握に活躍するAI搭載のドローン、災害用AIチャットボットなど、適切にAIツールを活用することで、効果的な防災支援が実現します。