日本における少子化は、そのまま介護の課題にもつながっています。
この記事では、そもそも介護業界が抱えている課題とは何かを整理したうえで、介護職員の主な離職理由、2025年問題や2040年問題について解説します。人手不足や要介護者の増加など、介護にまつわる課題解決には、介護DXをはじめさまざまな対策が不可欠です。最後に介護DXのソリューション例も紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
介護業界における課題
近年、日本の介護を取り巻く環境は大きく変化しています。ここでは、介護業界でどのような問題が起きているのか、またそれにより社会にどのような影響がもたらされるのかについて解説します。
要介護者の増加
日本は少子化の傾向が止まらず、総人口は減少の一途をたどっています。ただ、65歳以上の高齢者は増加しているのが現状です。2023年に総務省統計局が発表したデータでは、総人口のうち高齢者が29%を占めているとされました。これは世界を見てみても、ほかに類を見ない数字です。
公益財団法人 生命保険財団センターによると、2023年の時点において、要介護や要支援に認定された人は約690万人です。こうした人々が残りの人生をいきいきと暮らせるように、介護サービスの充実や介護施設の人員補充などが求められています。
参照元:総務省 令和5年人口推計
参照元:厚生労働省 令和2年度 介護保険事業状況報告(年報)
深刻な人手不足
介護業界は以前から、報酬のわりに業務内容が激務といった労働条件のマイナスイメージから、働く場所として敬遠されてきました。今後ますます人手不足に陥れば、介護職員1人あたりの負担がさらに増加し、長時間労働、ひいては休職や退職といったケースが増えるおそれもあります。
介護職員を年代別に見てみると基本的に30歳以上が主流であり、訪問介護では60代以上が3割を占めるなど、職員自体も高齢化が進んでいることが分かります。政府が主導するライフワークバランスや働き方改革の影響もあり、労働環境は徐々に改善され、離職率は低下傾向です。ただ、求職者1人あたりにつき、何件の求人があるかを示す「有効求人倍率」は依然として高く、企業にとっては雇いたくても雇えない状況が続いています。
介護を必要とする人が増えているにもかかわらず職員が不足していれば、要介護者や要支援者が充分に満足なサービスを受けられないおそれがあります。
老老介護
老老介護とは65歳以上の高齢者が、同じく65歳以上の高齢者を介護することであり、介護業界では近年大きな問題となっています。たとえば65歳以上の子が、85歳や90歳の親を介護している状況や、70歳の夫が68歳の妻を介護しているような状況があげられます。
40代や50代の現役世代の子が、高齢の親を介護するならまだ体力やバイタリティがあるものの、老老介護の場合はそう簡単にいきません。最初のうちは気力で何とか切り抜けられたとしても、やがて心身ともに疲弊してしまい、共倒れになってしまうおそれがあります。精神面では、うまくコミュニケーションが取れなくなり、孤立感を覚えたり以前と異なる言動に触れて、腹立たしく思ったりするかもしれません。また、介護者も思うように介護が行き届きにくいことから、介護される側の負担も大きくなりがちです。
このように老老介護では介護する側、される側双方にとって問題が山積しています。
認認介護
老老介護とともに問題になりがちなのが、認認介護です。
この「認」は認知症の意味で、65歳以上の高齢者世帯において認知症を患った本人同士が介護し合っている状況を指します。
認知症になると意思疎通は困難です。たとえば、病院からの処方薬を飲んだのに「まだ飲んでいない」と思い二重に飲んでしまうことはよくあります。体調に関する詳しいヒアリングができないどころか、介護もままならず持病が悪化してしまったり、本人同士だけでは自分たちの資産を管理できなくなってしまったりもします。
このように認認介護では、生活自体がそもそも成り立たなくなるのは目に見えているため、できるだけ早期に専門家に介入してもらわなければなりません。
ヤングケアラー
昨今、ニュースなどでも取り上げられ、問題視されているのがヤングケアラーです。これは、18歳未満の子どもが家族を介護している状態を指します。その範囲は広く、掃除や洗濯、炊事、幼い弟・妹や病気の家族のお世話、高齢者の見守りや介助を行うこともあります。
原因として考えられているのが、共働き家庭が増え、核家族化が進んでいるといった社会的背景です。行政が手を差し伸べずそのまま放置していると、学業に支障をきたしたり希望の進路を諦めてしまったりなど、その後の人生に深刻な影響が及んでしまいます。
本来、まだ自分たちがお世話される側であるはずが、逆に大きな負担をともなう介護を担わされるのは、非常にストレスになっているはずです。しかし、ヤングケアラーの場合、自分がそうした境遇に置かれていることに気付いていないケースも少なくありません。
財源の不足
満足できる介護サービスを提供するためには、充分な財源も不可欠です。その財源は、国民が支払う税金からまかなわれているのはご存じのとおりです。ただ、15歳から64歳までの生産年齢人口は減少し続けていることから納税者人口も減りつつあり、財源不足への対応は喫緊の課題となっています。
今後ますます高齢化社会が進めば、1人あたりにかかる医療費や介護費用はさらにかさみ、生活の苦しくなる人が増えていくおそれも否めません。
介護業界に多い離職理由
介護業界にとって、やはり重要なポイントは人材の確保です。しかし介護の現場を志し、就職しても離職にいたってしまうのはなぜなのでしょうか。ここでは主な原因について四つ紹介します。
参照元:令和3年度 介護労働実態調査
人間関係
介護業界における離職理由のうち、最も多いのが人間関係です。基本的にどのような仕事でも、一人で完結させられずチームで協力したり関係者と連携したりしながら進めていきます。しかし、もし人間関係に問題があれば、やるべきことがスムーズにはかどらなくなり、心身に大きなダメージを受けます。
公益財団法人 介護労働安定センターが公表した「令和3年度 介護労働実態調査」によると、介護職員のうち18.8%は人間関係が原因で離職をしていることが明らかとなりました。人間関係の悪化による離職を少しでも減らすためには、介護施設側で職員へ直接ヒアリングし、現状を確認するのも一案です。ヒアリング結果により、改善への対処が可能になります。
結婚や出産による生活の変化
同じく「令和3年度 介護労働実態調査」では、人間関係の次に高い離職理由が「結婚や出産」で16.9%となりました。
介護施設では夜勤のシフトがあることも少なくありません。自分自身に家族、とくに幼い子どもがいれば子育てと仕事を両立させるのは至難の業です。これからの介護業界では、結婚や妊娠、出産といったライフイベントがある場合でも、男女ともに安心して休みを取得でき、働き続けられる仕組みづくりが求められています。
将来の見込みが立たない
仕事を続けるかどうかを考えるとき、その業界の将来性は重要なポイントになります。介護業界も同様で、働くうちに将来の見込みが立たないと判断し、職を離れる人は少なくありません。実際に「令和3年度 介護労働実態調査」を見てみると、15.4%の人が介護業界の将来性に疑問を持ち、退職していることが分かります。
介護業界からの退職を防ぐためには、介護に関する資格取得をサポートするなど、より魅力ある職場環境に整えることです。職員のキャリアアップを支える仕組みづくりができれば、職員は目標に向かってモチベーションを高く持ち、業務に取り組めます。また指示したことだけをこなすのではなく、ときには職員からの意見を吸い上げる機会を持てれば、やりがいを感じてもらえることでしょう。
収入が少ない
介護業界は、業務内容と収入とのバランスが取れていないと感じることが多く、それを理由に退職するケースが見られます。「令和3年度 介護労働実態調査」では、「将来性の見込みがない」の次に多く、14.9%が収入を退職理由として挙げていました。評価は高くても思っていた額に満たない場合は、別の業界や職場がよく見え、転職を本気で考えてしまうのは仕方ありません。
収入の少なさから離職されるのを防ぐには、当然、収入をふくむ待遇を改善するのが一番です。休暇を取りやすくしたり、手当を充実させたりと、福利厚生サービスの改善も併せて検討しましょう。
今後の介護業界に訪れる2025年問題と2040年問題とは?
昨今「2025年問題」や「2040年問題」といった問題が一般的に注目されており、介護業界も影響を懸念されています。これらはどういった問題なのか、それぞれの特徴を解説します。2025年問題とは?
1947年から1949年生まれのいわゆる「団塊の世代」と呼ばれる人々が75歳を迎えるのは、2025年あたりです。「2025年問題」は、75歳以上の人口が一気に増えることを危惧して生まれた言葉であり、介護業界にとっても大きな影響を受けると考えられています。
75歳以上の後期高齢者が増えると、介護にかかる予算は膨れ上がります。また、病気になったときに診られる医師が減ったり、介護職員の人材不足が加速したりすることも懸念点です。
関連記事:2025年問題|超高齢社会が及ぼす影響と対策について
2040年問題とは?
続いて、もう少し先にはなるものの「2040年問題」も存在します。これは、少子化によって進んでいる人口減少と、団塊の世代の子ども(団塊ジュニア)が高齢化するタイミングが合わさるのが、2040年であることから名付けられました。
団塊ジュニア世代はちょうど就職氷河期世代であり、非正規雇用者が多いのが特徴です。現役世代のようにバリバリ働けなくなることで、おのずと生活困窮者が増えるおそれがあります。ただ、団塊ジュニアが高齢化した後、つまり2040年以降は、日本の高齢者人口は減っていくと考えられています。
介護業界の課題を解決するための対策
2025年問題や2040年問題は、まだまだ先だと思っていても、すぐにやってきます。そこで介護業界がこうした問題をクリアするためには、どのような対策が必要なのか、ここでは代表的な5つを解説します。介護DXによる業務効率化・生産性向上
近年はあらゆる業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)が注目されています。デジタル技術や機器を用いてデジタル化を進めることで、ビジネスを根底から変革させ、市場優位性を確保しようとする取り組みです。
介護業界でも、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、ICT(情報通信技術)などDXにまつわる知見を持ち、推進することが今後ますます求められていくと考えられます。介護に関するさまざまなデータを自動的に一元管理すればヒューマンエラーが減り、業務効率化や生産性向上を見込めるはずです。
こうした取り組みは「介護DX」とも呼ばれ、厚生労働省も今後の推進を積極的に主導しています。
関連記事:介護DXとは? メリットと課題・対策、導入事例を紹介
介護職の社会的評価の向上
介護業界が直面する人材不足や離職率の高さなどを解決するためには、介護職の社会的評価を上げることも大切です。その点、厚生労働省は2018年度以降、介護の仕事における魅力発信のため、「介護のしごと魅力発信等事業」を実施しています。たとえば2022年度は全国各地でイベントを開催したほか、テレビやラジオ、SNSなど民間事業者を使い、さまざまな情報を提供してきました。
介護の仕事はきついうえに報酬が低いと思われがちですが、こうしたマイナスイメージを払拭できれば、これまで敬遠されてきた人材を確保できる可能性があります。
参照元:厚生労働省 「介護人材の確保、介護現場の生産性向上の推進について」
介護職員の待遇改善
現在介護の仕事についている職員が離職してしまわないように、待遇改善も重要なポイントです。
たとえば厚生労働省は2019年10月から、経験や知識を持ち合わせたリーダー級職員の場合、ほかの産業の賃金体系レベルと合わせることをめざしています。また介護職員の収入額を3%アップさせるための措置も2022年2月から実施しています。先に述べたDXで職員の負担を軽減させ、こうした待遇改善も実現できれば、介護業界からの人材流出も防げるはずです。
また、介護業界では、キャリアアップなど職員の待遇改善を図った介護事業者に対して支払われる「処遇改善加算」が注目を集めています。支給されれば介護職員へ報酬として支払われるため、モチベーションアップにもつながります。厚生労働省の「令和3年度介護従事者処遇状況等調査結果の概要」によれば、全体の94.1%の事業者が処遇改善加算を取得している状況です。
参照元:厚生労働省「令和3年度介護従事者処遇状況等調査結果」
多様な人材の確保と育成
昨今は働く人の価値観が多様化しており、また介護される側のニーズもまちまちになっています。そのため、とくに人材不足にあえぐ介護事業者は、時代の流れに沿った人材確保や育成に努めなければなりません。
厚生労働省が「介護現場における多様な働き方導入モデル事業」を実施しているのも、その流れのひとつです。これは朝夕のみ、夜のみ、といった働く時間を職員の希望により柔軟に定めたり、兼業や副業といった本業とは別の働き方を認めたりする取り組みです。同省はこうしたさまざまな勤務体系をモデル的に導入し、ゆくゆくは全国展開していくことを目標としています。
外国人の雇用
日本人の生産年齢人口減少が進めば、社会を維持していくために外国人の雇用も検討する必要があります。介護業界も同じく、これまで外国人の介護職員を受け入れる仕組みが整えられてきました。2015年の段階では1万人以上の外国人が介護分野に従事しており、たとえば、次のようなパターンが存在しています。
まず、インドネシアやフィリピン、ベトナムを対象とした「EPA(経済連携協定)」です。2017年9月からは在留資格「介護」が認められたほか、同年11月からは技能実習、2019年4月からは特定技能1号といったルートが定められています。このうちEPAや在留資格「介護」は、介護福祉士養成施設などでの就労や研修をつうじて「介護福祉士国家試験」を受験し合格後、日本の介護福祉士として登録できるようになります。
一方、技能実習や特定技能1号の場合は、本国への技能を移転させたり、あくまで一時的に人材確保したりする目的の制度です。そのため、こうした在留資格の種類によっては、就労期間が限定されることもあります。
課題解決につながる介護DXでのソリューション例
ここまで、介護業界における課題をクリアするためには、さまざまな方法があると紹介しました。中でも介護DXはこれからのデジタル社会を生き抜くために不可欠な取り組みです。そこで、実際に介護DXの事例を2つ紹介します。
なんとなく理解できているもののイメージがわきにくいといった方は、ぜひ参考にしてみてください。
ロボットによる介護支援
デジタル技術を総結集させたロボットは、今やあらゆる業界で注目されています。厚生労働省ではロボットの定義として、「センサーで情報を感知し、判断し動作するといった3つの動作を複合的に合わせ、知能化したシステム」としています。
こうした技術を用いて、介護を受ける人が自立できるように支援したり、ケアの質を維持することで介護者の負担を低減させたりするのが「介護ロボット」です。同省では介護ロボットの開発や普及促進を図っており、介護業界も課題を解決すべく新たなソリューションとして注目しています。
また、「地域医療介護総合確保基金」を活用し、介護ロボットを導入支援しているエリアもあります。ただ、ロボット自体高額なのが導入のネックとなり、現状普及率はまだ低い状態です。
VRによる認知療法
VRとは「Virtual Reality(バーチャルリアリティ)」の頭文字を取った用語で「仮想現実」と呼ばれています。介護現場では、課題解決を図るためにVRを活用した取り組みも進められています。
そもそも認知症は脳の機能低下によって引き起こされ、自分がしたことを忘れたり、簡単なことが判断できなくなったりする病気です。その点、VRを使えば、まるでその場にいるかのような錯覚を覚えるほどリアルな体験に没入可能です。また昔の記憶を呼び起こし、脳の血流を活性化させられます。そのためVRは認知機能の改善を促す認知療法にもなりうるとされています。
さらに、認知症は放置するとどんどん進行してしまう病気です。VRでは複数の認知症症状を体験することで早期発見を促すサービスもあり、悪化を防げるのもポイントです。
まとめ
介護業界は、人材不足が深刻化しているのにもかかわらず、要介護者が増え続けることが想定されています。また老老介護やヤングケアラーといった問題も顕在化しており、2025年問題や2040年問題に備えて、早期に対策が必要です。
解決策のひとつとしては、介護DXで限られた人材をうまく活用し、生産性向上につなげることがおすすめです。介護ロボットやVRによる認知療法など、最新のデジタル技術を用いた介護DXの取り組みは、今後の介護業界においてますます重要になってくるのに違いありません。