文部科学省は、新時代に適合する学校教育を実現するために教育現場のデジタル化を推進しており、それを教育DXと呼んでいます。
本記事では、その教育DXが必要な理由やメリットと課題、活用されている技術、導入事例などについて解説します。ぜひ参考にしてください。
教育DXとは?
教育DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタル技術を活用して教育を根本的に変革し、教員の業務や組織、プロセス、学習、従来の学校文化を刷新することで、時代に即した教育を確立することです。
教育DXは単に教育現場のデジタル化を進めることを指してはいません。上述の通り、従来のやり方を脱却して本質的な変容と革新を追求するものです。教育の未来を切り拓く革新的な取り組みであり、学び手の体験を向上させ、より効果的な学びを実現することを目指しています。
取り組みの例として、文部科学省がGIGAスクール構想の一環として開発したMEXCBT(メクビット)というオンライン試験(問題演習)システムの活用などが始まっています。
そもそもDXとは
DXは、デジタル化を通じて社会や生活を変革することです。企業にとっては、ビジネス環境の急激な変化に対応しながら、組織や業務、ビジネスプロセスなどを変革することを意味します。デジタル技術を活用したビジネスモデルを創り出すことで新しい価値を生み出し、競争優位性の確立を目指します。
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教育DX推進における3つの柱
文部科学省では、以下の3つを取り組みの柱としています。
- 教育データの意味や定義を揃える「標準化」(ルール)
- 基盤的ツール(MEXCBT、EduSurvey)の整備(ツール)
- 教育データの分析・利活用の推進や、教育データ利活用にあたり自治体等が留意すべき点の整理(利活用)
引用元:文部科学省・教育DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進について
GIGAスクール構想では1人1台の端末配布と教育データの利活用を目指しています。教育データを有効活用するには、データの相互交換や蓄積ができるようにデータの種類や単位を標準化することが必要です。そのため、取り組みの柱には1のルールがあり、教育データの標準化についての枠組みとデータの規格について定められています。
2のツールでは、CBTシステムや調査結果の集計システムであるEduSurveyなどの基盤的ツールの整備と運用をしています。ツールの活用はデータの統合や集計作業の負担を軽減する効果があります。
3の利活用では、セキュリティや個人情報の保護を考慮し、安心・安全にデータを活用するための留意事項を文部科学省がまとめています。利活用のポイントや活用の許可範囲を明確にすることで、教育データの積極的な活用を促進する狙いがあります。
教育DXの推進が求められる理由
日本でも文部科学省が中心となり、教育DXを推進しています。ここでは教育DXが求められる背景について解説します。
関連記事:教育の課題やその背景とは? 解決に向けたデジタル活用の事例も紹介
リモート教育の需要が高まっている
近年、感染症対策としてリモート教育が一般的に行われるようになりました。このリモート教育は一時的な取り組みではありません。今後も感染症の流行に備えて、引き続きリモート教育ができる環境を拡充する必要があります。
また、リモート教育は子どもに合わせた教育環境の提供にも役立ちます。場所を問わずに参加できるため、遠方から通学する子どもや何らかの事情で登校できない子どもでも、自宅や任意の場所で授業を受けることが可能です。
さらに、地方と都市部の教育格差をなくす手段にもなります。地方で教育施設が限られている場合でも、リモートの学習支援によって学びの機会が得られます。リモート教育の普及は、すべての子どもに十分な教育機会を与えるための重要な取り組みです。
デジタルネイティブ世代に合った教育が必要である
デジタルネイティブ世代とは、主に1990~2000年代に生まれた人々のことを指し、この世代は学生時代からインターネットやPCのある環境で育っています。早くからデジタルツールに慣れ親しんでいるため、オンライン学習にも適応しやすい特徴があります。
彼らは今後もデジタル社会で生きていく必要があり、ビジネスとプライベートの両面でデジタル・情報を使いこなすことが重要です。また、一人ひとりのデジタルに対する理解度は異なり、それがデジタルの扱い方の格差を生みます。
したがって、文部科学省は若者がデジタル技術を有効活用できるようにするデジタル・シティズンシップ教育も重要なものとして認識しています。その他に、デジタルの活用以外にも対面でのコミュニケーション力や情報の信頼性を判断する力などの教育も重要です。
このように、教育DXの推進はデジタルネイティブ世代が未来の社会で活躍しやすくするために必要な取り組みです。
教育格差の是正が必要である
教育DXが積極的に進んでいる地域とそうでない地域の間には格差が生じるため、教育DXは全国的に推進する必要があります。一部の自治体ではICTを活用した授業が頻繁に行われている一方で、ほかの自治体では普及が十分ではありません。このような状況は、学びの機会の格差につながります。また、地域間だけでなくそれぞれの家庭でも学習環境に格差があります。こういった教育格差を埋めるためには国の支援が不可欠です。
このことを踏まえて、文部科学省は、GIGAスクール構想の一環で1人1台の端末提供や学習に適したICT環境の整備を行っています。特にモバイル通信が可能なタブレットの活用は家庭のインターネット環境の格差を埋め、すべての家庭でリモート教育を可能とすることに貢献します。ICTの利活用によるリモート教育やDXによる個別最適化された教育の提供によって教育格差の解消を図ります。
教育DXの推進で「教える側」が得られるメリット
教育DXの推進は、これからの時代に適応できる教育の提供に役立ちます。教員や教育機関が得られる具体的なメリットについては以下で解説します。
一人ひとりに合った教育の提供
デジタル技術によって児童生徒の学習データが分析できるため、対面授業でも一人ひとりに最適化された学びを提供できます。児童生徒は自分のペースで学習でき、個性に合わせた勉強をすることが可能です。教える側も、児童生徒の情報がデータ化されるため、個々に合わせた指導ができるようになります。
パソコンやタブレットを使ったデジタルドリルやCBT試験により、各科目の習熟度のきめ細かな確認が可能になります。これにより、対面授業では困難な個々の学習理解度が把握できます。具体的には、定期テストのデータに加え、小テストの結果や出欠記録、児童生徒の状況などの情報が集められます。これらのデータを分析することで、教員は児童生徒の個性を客観的に把握したうえで適切な指導ができます。また、スタディ・ログなどのデータを活用し、AIを用いて最適な教材を導き出すことで、よりよい学習環境を提供できます。
校務の負担軽減
教育DXの導入は、現在問題となっている教員の長時間労働や過重労働の解消にも寄与します。教育DXでRPAやAIなどを活用することで、教員の事務作業を自動化することが可能です。これにより、日々の小テストのデータ入力や定期テストの採点、学期末・学年末の成績評価などに割く時間を削減できます。その結果、教員はより多くの時間を授業研究や教育改善、児童生徒への個別対応に充てられます。
CBT試験の普及により印刷や回収、採点といった業務も不要となるため、教育業務の効率化が可能になります。また、テストデータを膨大に収集しAIを使ってテスト問題を自動生成するシステムを実現することで、テストに関連する業務効率化もできます。
教育DXの推進で「学ぶ側」が得られるメリット
児童生徒側が得られるメリットを解説します。個人の特性に合った学習ができる点などが主なメリットです。
場所を問わない学び
教育DXでICT環境などを整えることで、児童生徒は時間や場所を問わず好きな授業を受けやすくなります。遠方からの通学が必要な場合や不登校で通学が困難な場合、体が不自由な場合も質の高い教育を受けられるようになりました。通学時間を短縮できた分、自宅学習の時間を増やすことも可能です。
さらに、パンデミックのような災害や休校措置の際にも、リモート教育が学習の遅れを防ぎ、児童生徒の安全を守りながら教育を継続できます。教育DXは学び手に新たな可能性をもたらし、柔軟で多様な学びの場と誰一人取り残すことのない教育を提供します。GIGAスクール構想により、すべての学校に必要なICT環境が整備されることで、地域ごとで生じていた教育格差がなくなり、どの地域にいても児童生徒が必要な教育を受けられるようになります。
多くの情報による新たな学び
デジタル教科書の活用により、従来の紙の教科書では伝えきれない情報を音声、動画、アニメーションなどを通して取得させられます。これらの情報によって視覚的な理解が促進され、難しい内容でも理解しやすくなります。
さらに、教育DXで早期にデジタルを意識したカリキュラムが導入されることで、将来必要とされるITスキルやデジタルリテラシーを身につけられます。IT関連の仕事を志望しない児童生徒であっても、個人情報の保護やSNSの適切な利用など、デジタル関連の身近なトラブルへの対処方法を学べます。
デジタル技術はあらゆる分野に浸透しており、高度な人材を育成するために欠かせないものです。児童生徒が将来目指すキャリアの幅を広げるためにも、デジタル人材に必要な基礎知識やスキルを学校教育の段階で触れさせることは重要です。
学習状況の把握
教育DXのスタディ・ログなどで児童生徒個人の学習状況をデータで把握できます。保護者は学校から子どもの校内での様子や成績などの学習状況を共有されるため、子どもの成長具合や課題が分かります。これにより、忙しい保護者も安心して子どもを学校に預けられます。
さらに、データ分析によって児童生徒一人ひとりの学習データから得意・苦手な分野やつまずいた箇所を特定できます。学習データを活用して児童生徒ごとに最適化された学習を実現することで、ストレスなく楽しく学ぶことが可能になります。
GIGAスクール構想では「個別最適化学習」の重要性が強調され、それは個々の児童生徒の学力向上につながるとされています。従来よりも児童生徒一人ひとりの学習状況がより細かく正確に把握できることで、学ぶ側はより効率的な学習が可能となり、将来の社会で求められるスキルや知識を備えられるようになります。
教育DX推進に向けた課題
ここまで紹介してきたように、教育DXには多くのメリットがあります。しかし、教育DXの推進において課題があるのも事実です。これらを対策し教育DXを実現しなければなりません。
インフラ整備や維持
教育DXの推進において、インフラ整備や維持にかかるコストが課題となっています。文部科学省によると、GIGAスクール構想により2022年度には全国の99.9%の小中学校で1人1台のデジタル端末の配布が実現しました。しかし、端末の維持や機器・ソフトウェアの更新には費用がかかります。端末が故障した場合のコストも考慮が必要です。
教育DXを実現するには、教育機関以外に児童生徒の自宅にも適切なデジタル端末やインターネット環境が必要であり、そのためには両者に工数とコストがかかります。特に、リモート教育では電子教科書、スマート黒板を準備したり、PCのバージョン管理をしたりするなど、インフラ整備に細かな配慮が必要です。この課題を克服するためには、教育機関同士の連携やITの専門業者の協力、保護者の理解も不可欠です。
参照元: 文部科学省・義務教育段階における1人1台端末の整備状況(令和4年度末時点)
知識と経験の不足
教育者のITリテラシーの不足も課題のひとつです。教員のITリテラシーが低いと、デジタル機器やシステムを活用する際に情報伝達やデータ利活用が円滑に行えず、業務効率や教育の質に影響を及ぼす可能性があります。教員がツールの操作に手間取っていると、その分教育に充てる時間も減ってしまいます。
いくら教育DXに必要な設備が十分に整っていても、有効活用できなければ意味がありません。そのため、教育DXを推進すると同時に教育者側のリテラシー向上が欠かせません。研修やセミナーを通じて教員のITリテラシーを向上させる取り組みが必要です。
文部科学省が2021年度に行った調査によると、教員のICT活用指導力は前年度よりも向上していますが、授業でICTを活用しながら指導する能力や児童生徒にICTの使い方を指導する能力がやや低いというデータがあります。教員側のICT活用を指導する能力には改善の余地があります。
参照元:文部科学省・令和3年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)(令和4年3月1日現在)〔確定値〕
教育DXに活用されている技術
教育DXの実現にはさまざまなデジタル技術の活用が不可欠です。ここでは教育DXに活用されている技術を紹介します。
IoT(モノのインターネット)
IoTデバイスやスマート黒板の活用によって、効率的な授業が可能になります。例えば、スマート黒板に映したデジタル教材に教員が書き込みをしたり、黒板上に書いたものを児童生徒のデバイスに配信したりできます。教材のデータを直接黒板のディスプレイに表示できるため、黒板に直接書く時間を削減することが可能です。空いた時間を使ってさらに授業の密度を高められます。教材とIoTセンサーを組み合わせて、児童生徒が学習でつまずいている部分を把握して支援する活用方法もあります。
児童生徒側はIoTデバイスから資料を直接ダウンロードできるため、配布物を受け取る手間を省くことが可能です。
関連記事:IoTでできることを身近な例と共に解説! 社会課題の解決事例からAI連携まで
人工知能(AI)
AIを教育で活用することで、児童生徒の学習進行度を追跡し、個別に適した問題を提供できます。蓄積した学習データから必要な学習量や復習が必要な部分を提示し、苦手な部分を可視化できます。また、スポーツの実技チェックでもAIが活用されています。本人の動きと手本を骨格判定で比較して類似度を評価します。
教員向けにフィードバックをするAIの活用方法もあります。授業の映像をAIに分析させることで、授業の様子を定量的に評価することが可能です。板書や対面指導の状況を可視化・分析することで、授業方法の診断と改善に活かせます。
関連記事:AIによる教育とは? 活用のメリット・デメリットから事例まで解説
ロボット
教育現場で人型ロボットを活用し、児童生徒の学習体験を変化させる方法があります。ロボットと一緒に勉強することで、学習意欲が高まるなど有益な効果が得られます。ロボットには身体性があるため、児童生徒が学びを深める場を形成できる特徴があります。また、人間同士のコミュニケーションでは、心理的抵抗感が生じることで児童生徒の学習意欲を下げる場合があります。しかし、ロボットが相手だと抵抗感が軽減されるため学習意欲を引き出すのに役立つ可能性があります。特に語学学習やプレゼンテーションなどのコミュニケーションが必要な学習に効果的です。こうした学習支援ロボットを上手に活用することで、子どもたちが自ら学びやすくなります。
教育DXの導入事例
では、どのような技術がどのような課題を解決しているのでしょうか。ここでは教育現場の課題解決に向けた具体的な取り組み事例を紹介します。
初等教育・中等教育の例(AIドリル)
滋賀県守山市では、コロナ禍で自粛している間も児童生徒の学びの保障や家庭学習の充実、学習状況の把握、効果的な学習指導のために、AIドリルを導入しました。同市では、GIGAスクール構想を実現するために早期に1人1台の端末を整備し、ICTの有効な活用方法を研究しています。
AIドリルとは、個々の児童生徒に最適化された問題をAIが提供し、基礎学力の定着を図る取り組みです。導入の際は、学校や教員が感じている課題を解決するためにICTを活用するスタイルを重視しました。
具体的な活用方法として、まず児童生徒が解いた課題テストの結果に応じて、個別に出題される復習課題を一定期間出します。そのあと、児童生徒それぞれの苦手な部分を中心にチャレンジさせるようにしています。もうひとつは、例えば理科の授業に向けてAIドリルで事前に必要な基礎知識を補い、それをもとに実験や考察などに関する表現力を伸ばす取り組みがあります。AIドリルを通じて、深い思考が必要な場における表現の方法の変化を見る目的があります。
同市では、経済産業省のEdtech導入補助金を活用して、AIドリルの有効性の確認を目的とした全児童生徒対象のAIドリルの試験導入や本格導入に向けた検証を進めました。
参照元:「総務省・地域社会のデジタル化に係る参考事例集【第2.0版】
関連記事:エドテック(EdTech)とは? 注目される背景や実現できることを解説
中等教育の例(小規模校集合体バーチャルクラス)
島根県隠岐郡海士町の小規模校集合体バーチャルクラスの事例では、地域の担い手となる「グローカル人材」を育成するためにICTを活用し、遠隔授業を実施しました。この取り組みでは、まず小中高生に対してiPadなどの機材を配布しました。配布したICT機器は、調べ学習やアクティブラーニング、フィリピンとつないだオンライン英会話学習などに活用しています。
中学生向けの遠隔授業では、島内に学習センターを整備し、内航船が欠航しても自宅で授業を受けられるようにしました。また、隠岐島前だけでなく、徳島県上勝町や島根県吉賀町の生徒も同じ授業を受けられます。さらに高校生向けの遠隔授業では、宮崎県飯野高校と連携し、地域課題の解決に向けたディスカッションなども行われています。
このプロジェクトの成果として、統廃合の危機にあった高校の一学年生徒数が60人以上に回復しました。この成果には、公営塾や島留学制度に加え、ICTの取り組みが効果的であったと評価されています。また、高校生向けの遠隔キャリア教育や中学生向けの遠隔授業も生徒の意欲や成果を高めており、アンケートでも高い評価を得ています。全国からも協働オファーが寄せられており、このような成果が今後も続くことで、地域の発展に寄与するグローカルな人材が育成されることが期待されます。
高等教育の例(MOOC)
MOOC(Massive Open Online Course)とは、大規模公開されているオンライン講座のことで、場所を問わず誰でも関心がある講義を基本的に無料で受講できます。
講座は国内外の有名大学や研究機関によって提供され、高品質な講義を専門知識がない初心者でも理解しやすい構成になっています。教育、語学、ICT関連、ビジネス関連など多様な分野の講義があり、必要な分野をピンポイントで受講可能です。MOOCサービスによって違いがありますが、講義を受けたあとは修了証や成績評価などを受けられる場合があります。
MOOCは、自宅にいながら一流大学の講義を低コストで受講できるサービスであり、大学に通うのが難しい人や学費・留学費をかけられない人に上質な学びの機会を提供します。また、生涯学習のツールとしても役立ち、個人のキャリアアップに貢献します。
まとめ
教育DXの推進により、子どもたちに時代に合った学びと個性に合わせた学習方法を提供できます。文部科学省はGIGAスクール構想で1人1台のデジタル端末を配布するなどの取り組みを推進しており、学校や家庭にICT環境を整備することで、新時代の教育を実現することを目指しています。現在もAIやIoTを活用して学習環境をよりよいものにする取り組みが各自治体で進んでいます。